2013年08月30日

縮毛矯正の草分けだった

1992年、今の原点ともいえるかもしれません。

東京の縮毛矯正専門某美容室の水分補給縮毛矯正を始める。

当時としては珍しい縮毛矯正サロンとして、店を展開

連日、癖で悩むお客さんで店内は一杯でした。

当時、札幌でも縮毛矯正を本格的の取り入れている美容室は

確か指で数えるほどしかなく、草分けではなかったでしょうか。

それから2年後の1944年

このころは、●ッビトを始めとする縮毛矯正が次から次と

現れ、乱立の時代を迎えました。

縮毛矯正界はいわゆる「カンブリア紀」に突入したのです。

まだ、縮毛矯正技術が未成熟だった時代ですから、

当然、それにより髪を傷める女性が急増していった時代でした。

一、二度なら真っ直ぐでつやのある髪になりますが

何度も繰り返すと、髪はボロボロになってしまう。

今と比べて、技術レベルが劣っていたことは否めません。


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2013年08月25日

札幌山鼻に店を構え独立を果たす

札幌市内を3店舗ほど変えてから

1985年35歳、札幌山鼻に店を構え独立を果たす。

「シティ・ヘアー」と命名

このころから、ダメージ毛、クセ毛について様々ものを

研究を始めるに至りました。

雇われの時代は、自分がやりたいことをやれませんでしたが、

晴れてそこは自由にやれる立場

色々と試行錯誤を重ねて

新しいパーマメニューを打ち出していきました。

毛先をしっかり根元に行くにつれ緩くかける、

自然なウェーブを出す「毛先パーマ」を開発、当時としては大変手入

れのしやすいパーマでした。

根元にしっかりパーマがかかる「根元パーマ」を開発、

先の「毛先パーマ」の逆バージョンで、根元にしっかりパーマがかり、

毛先は緩くかける事によりハンドブローでもボリュームが出、

手入れのしやすさと持ちの良さが受け大ヒットとなりました。

この「根元パーマ」はいまだに人気メニューです。特に年配層に指示されています。
posted by 白ヒゲ at 06:39 | Comment(0) | 美容師40年を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月21日

ブラントカット全盛へ

美容師としての基本は、夕張で学びました。

美容において、私の師匠は男性美容師で

道内の男性美容師の草分けでした。

ですから昔のピンカール技術や

パーマ技術に関してはかなり自信を持てました。

丁度その頃、にわかにビーダル・サッスンが登場し

美容界は空前のブラントカット全盛へと移行する時期でした。

良く札幌まで足を運びカット講習に参加していました。

中でも川島文雄の講習会には魅了されました。

20代後半になってから、いろんな美容室を

経験したくて夕張を離れ

旭川、釧路と道内を転々とし

30歳になる前に札幌にきました。
posted by 白ヒゲ at 11:45 | Comment(0) | 美容師40年を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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